memento terra
for planetary ethics

2020.02.14‒02.16
Shimadai Gallery
memento terra 展
基本コンセプト
1960 年代、NASA に勤務していたジェームズ・ラブロックは、生物と環境の相互作用についての仮説「自己統制システム」を明らかにした。後にガイア理論と呼ばれるこの知見は、地球全体をアウタースペースから観察し把握する視点から、地球が一つの巨大な生命システムであることを示した。このような外部的な視点は、人と自然の二項対立、あるいは人間中心のエコロジーとは異なる、生態系それ自体が独自の価値を有するという認識を促すものであった。そして今、人類は自らの活動圏を地球外に求め、積極的に宇宙開発を推し進めようとしており、アウタースペースという視座がいっそうリアリティーを有するものになりつつある。
アウタースペースを視座とする芸術実践は、これまでに地球に存在していたあたりまえの生命的存在を、新たな美的価値をもって浮かび上がらせることができるはずである。人類は、地球に誕生し多様化した生命的存在について、それらが地球特有の環境条件に基づいて存在することを自覚することなく、無意識のうちにそれらを美の対象としてきた。しかし今後、人類が非生命圏としてのアウタースペースに出る機会が増えれば増えるほど、反対に地球という生命システムの価値が再認識されることになるだろう。本展覧会が意図したのは、こうした価値意識を先取りし、アウタースペースという視座から、地球という生命、地球に存在する生命、地球に存在した生命など、すべての生命的存在を美的対象として想い再発見するための試みである。さらにこうしたアプローチは、惑星倫理とでも呼ぶべきエシカルな価値観の醸成とその共有に繋がるのではないかと考える。
展覧会では、顕微鏡を覗いて地球を観察する《Planet overview 惑星概観》、宇宙での盆栽育成のCG シミュレーション《Space bonsai 宇宙盆栽》、風景を天地反転した映像《Antigravity sansui 反重力山水》、鑑賞者の呼吸と光・音が連動する《Space meditation 宇宙瞑想》、宇宙での茶事を映像化した《Space tea ceremony 宇宙茶道》、以上5 点の作品を発表した。
展覧会概要
タイトル:memento terra -for planetary ethics-
制作:森 公一+真下武久
会期:2020 年2 月14 日(金)-16 日(日)
場所:嶋臺ギャラリー(京都)
助成:科研費「アウタースペース/インナースペース/インタースペース・アートの美学 平成29-31年度基盤研究(B)」 同志社女子大学共同研究助成 同志社女子大学科学研究費助成事業対象奨励金 アーツサポート関西(日本電通メディアアート支援寄金助成)
設営:田中真吾
《Planet overview 惑星概観》
宇宙飛行士が大気圏外から地球を眺めたときに、心の状態が変容する概観効(overview
effect)を経験した事例が数多く報告されている。史上初めて人類を月に着陸させることに成功したアポロ11 の乗組員であったマイケル・コリンズ司令船操縦士は、「本当に驚いたのは、地球が脆弱な雰囲気を放っていたことです。そして、なぜだか、わかりませ
ん。それは、小さく、輝いて、美しく、家であり、壊れやすいと感じました。」(nytimes.com/2019/07/16) と語っている。さらに、こうした概観効果は、肉眼で地球を眺めた時ではなく、地球の写真を撮る際に頻繁に見受けられたと言われている。
宇宙飛行士による地球の撮影については、アナログカメラの時代はハッセルブラッド製の
カメラが、デジタルカメラの時代はニコン製のカメラが用いられたという。そこで本作品ではニコン製の実体顕微鏡(SMZ-1B)を用いて、NASA が提供する地球の映像を見せるという仕組みを考案した。いうまでもなく顕微鏡は、肉眼では見えにくい微細なものを拡大し、見えるようにする光学装置である。私たちが顕微鏡の接眼レンズを覗きこみ、そこに見えるものを確認しようとするその行為には、すでに微細な世界を垣間見ようとする意識のベクトルが組み込まれているはずである。言い方を変えれば、顕微鏡という装置自体が、小さきものの世界に触れる行為を誘発するメディアである。こうした発想から、あたかもマイケル・コリンズが経験したような、本来大きなもの(地球)を小さきものとして観る(感じる)感覚を、顕微鏡を用いて実現することができるのではないかと考えた。
協力:増田麻言(ブルーオプティック株式会社代表)
映像編集:神﨑真奈美
3D プリント:成安造形大学ファブコ
《Space bonsai 宇宙盆栽》プロトタイプ版
数年あるいは数十年の長期にわたる過酷な宇宙旅行や、地球から遠く離れた惑星コロニー
での長期間の生活はストレスフルに違いない。こうしたシチュエーションにおいては、ゆっくりと時間をかけて植物に人為的な処理を加え鑑賞を楽しむ盆栽が慰めになるだろう。
盆栽の育成においては、人工的に幹や枝の伸び方、枝ぶりや葉ぶりを制御するための多様な技巧(幹や枝を針金で固定し屈曲させる、枝や葉を剪定する、根を露出させるなど)が施される。それは、植物の自然成長のプロセスに人間の技巧を加えることによって樹形のデフォルメを行い、そこに表現された生命の潜在的な力を鑑賞し楽しむ、美的・文化的営みである。
《Space bonsai 宇宙盆栽》は、こうした盆栽の育成をアウタースペースにおいて行うことを想定した実験プロジェクトである。地球とは異なる環境条件(宇宙船や惑星コロニーなど)での育成を前提としながら、針金での固定や枝・葉の剪定のような直接的な操作ではなく、なんらかの情報(データフロー)が樹姿の形成(成長ホルモンの分泌)に影響を与えるような、「データ・プランツ」とでも呼ぶべき盆栽の育成を計画した。
今回の展示作品(プロトタイプ版)では、日本、ロシア、カンボジアそれぞれの国に
おける、およそ20 年間の森林面積の経年変化を用いて植物成長のシミュレーションを行った。森林面積の変化が激しい時期は屈曲も激しく渦状に成長する。一方変化が少ない時期には屈曲も少なく、比較的まっすぐに伸びるようアルゴリズムを構築している。
《Space bonsai 宇宙盆栽》を育てることは、アウタースペースにおいて地球や人を想うための、もう一つの方法としてを位置付けることができる。
共同研究:岩城覚久、松谷容作
《Antigravity sansui 反重力山水》
人間を含めあらゆる動物は、地球の重力環境下において、重力の方向に適応するよう身体の各部位を構成してきた。地を這う生き物、空を飛ぶ生き物、それらすべての通常の活動中は、頭が天の方向にあり脚が地の方向にある。頭と脚の軸は、そのまま天と地の重力軸と重なっている。こうした軸的構造を土台とし、天と地からなる世界認識のフレームが形成されていると言えるだろう。一方、宇宙空間には重力が存在しない。よって人間である以上頭と脚は有するが、頭が天の方向で脚が地の方向であるとは限らない。天と地の軸そのものが存在しない以上、天と地からなる世界認識のフレームも無効となるはずである。
《Antigravity sansui 反重力山水》は、こうした世界認識のフレームのズレを、地上において実現することをねらいとした映像作品である。
京都近郊の景勝地である清滝付近の滝や渓谷、沢などをドローンを用いて撮影し、天地を逆さにして掛軸スクリーンに投影した。京都観光の名所をあえて対象とすることで、よく知られた風景にもかかわらず、いつもと違う感覚のズレに襲われることをねらいとした。本作品はあたかも地球に帰還したばかりの宇宙飛行士のごとく、重力の存在を忘れた、あるいは重力になじめない人の身体感覚や認識のフレームを、山水画の形式を用いながら追体験する試みである。
なお山水画は、そもそも深山幽谷と称される奥深い自然の境地を愛でる精神を啓蒙するものであり、そのモチーフの多くはアウタースペースを視座から見れば、極めて示唆に富んだ生命的存在でもある。大地の隆起や侵蝕による複雑な地形、山から湧き出て滝となり川となって流れる水、複雑な枝ぶりの樹木・樹林など、改めて地球という生命システムの象徴的な表現として読み直すことができるのではなないかと考える。
映像編集:神﨑真奈美
《Space meditation 宇宙瞑想》
数ヶ月あるいは数年間、狭い閉鎖的な宇宙船内で過ごすのは過酷以外のなにものでもな
い。おそらく地球上のどんな場所と比べても、はるかにストレスフルな場所であるに違いない。そんな中で精神を安定させ平穏な状況を保つためには、呼吸を意識した瞑想法が有効であろう。そこで本作品では、マインドフルネス瞑想における呼吸を重視した瞑想法を参考とし、体験者の呼吸(呼気・吸気)と光と音を連動させることによって自らの呼吸に集中させ、過去や未来にとらわれない「今ここ、ありのままであることの」心地よさの獲得を試みた。呼吸と連動する光とともに、あたかも自身の身体が広がったり縮んだりするかのような感覚。あるいは呼吸と連動する音によって、自らの身体がまるで弦楽器の弦の震えのように、大きくあるいは小さく振動する感覚を感じさせることをねらいとした。
瞑想を通じて自らの呼吸を意識することは、同時に地球を覆う空気(大気組成)に思いを馳せることでもある。空気は地球上で作り出され、その組成比率はほぼ一定の状態が維持されている。また空気は重力によって宇宙に拡散することなく地表を覆っている。呼吸とは、こうした奇跡的な条件を大前提としながら育まれた、すべての動物にとって生きるために必要な最も基本的な生命維持活動であり、今こうして生きていることの奇跡に深く関わっている。
かつて酸素の存在しなかった地球において、繁殖を続けた海洋中の嫌気性バクテリア(シアノバクテリア)が酸素を出し続けた結果、大気組成そのものを変えてしまった。強い酸化力を有する気体、すなわち極めて高い毒性を有する酸素が一定の割合で大気中に存在するようになったのである。やがて、このやっかいな気体=酸素を生きるために利用する好気性バクテリアが誕生する。そしてさらに嫌気性バクテリアの中には、好気性バクテリアを取り込み共生することによって、有害な酸素を利用できるよう自らを改造するものが出現する。それがミトコンドリアである。ミトコンドリアは、私たち人間の身体にも数多く存在する、酸素を活用してエネルギーを生み出す細胞内の小器官である。ヒトの細胞一つにつき300-400 個、全体重の10% を占めていると言われている。こうしたて呼吸を意識することは、地球が育んだ生命の進化の歴史を想うことでもある。
《Space tea ceremony 宇宙茶道》
人類が地球を離れて、遥か彼方の惑星コロニーに移住せざるをえなくなったと仮定してみよう。移住にあたっては、宇宙船やコロニーの居住空間のキャパシティーから、限られた物資しか持参することができない。そんな中で、許された唯一の贅沢品が茶道具をコンパクトに収納した茶箱であった。人々は地球から遥かに遠く離れた場所で、この茶道具を用い、memento terra(地球を想う)をテーマとする茶事《Space tea ceremony 宇宙茶道》を行う。土やガラス、木や布などの地球の素材を用い、職人たちの手によって丁寧に作られた茶道具は、他のどんな高価なものよりも愛おしい。これらの道具を用いて、ゆっくり茶を喫する。それは、奇跡の惑星地球を想うための大切なひとときなのである。と想定のもと、茶事《Space tea ceremony 宇宙茶道》の映像化を行った。
昨今、火星移住計画や、惑星を地球化し人が住めるよう改造するテラ・フォーミングなどが話題になっている。あくまでもSF の領域を出ない馬鹿げた発想としか思えないが、増え続ける人口やますます悪化する温暖化などの地球環境問題に対して、適切な対応ができない状況を見るにつれて、やがて人類は地球を離れざるをえないのではないかと思えてしまう。本プロジェクトは私たちが直面する地球環境に関わる困難な状況をふまえ、いわばアイロニカルな警句として作品化することを試みたものである。
なお《Space tea ceremony 宇宙茶道》で用いた茶道具は、バウハウス創立100 周年を記念した「バウハウス×茶の湯」プロジェクトにおいて制作したものである。2019 年に創立100 年を迎えるバウハウスに着目し、日本人女性としてバウハウスで学んだ山脇道子(1910- 2000)の経験、主として1996 年に道子によって著された書籍『バウハウスと茶の湯』を手がかりに、バウハウス様式の茶道具を制作することを通して、バウハウスと茶道(モダンデザインと日本の伝統工芸)の関係性を探ることを目的とした。
茶道具制作
茶道具デザイン:Barbara Schmidt(プロダクトデザイン)、風呂敷印刷:Madeleine Marquardt(シアノプリント)、茶箱一式:橋村 佳明(曲物)、仕覆ほか:北村 徳齋(仕覆)、茶器:石田 知史(ガラス工芸)、茶器蓋:三木 啓樂(漆塗)、茶碗:四代 諏訪 蘇山(陶芸)、振出ほか:白川 三枝(陶芸)、風呂敷デザイン:高木 毬子(情報デザイン)、花:矢野 洋輔(木彫)、モックアップ:成安造形大学ファブコ(3D プリント)
出演・制作スタッフ
正客:高木 毬子、亭主:森 公一、茶道監修:安田 ゐう子、撮影監督:武村 敏弘、照明:古川 昌輝、美術:二瓶 晃、音響:森 祐介、助監督:増田 絢子、撮影助手:神谷 麻歩、録音:和田 美咲、編集:三浦 志緒理、茶道アシスタント:木田 枝里、撮影アシスタント:村山未畝、演出アシスタント:石川 夢乃、協力:同志社女子大学msc、監督:森 公一