koichi mori / takehisa mashimo
research projects

S/Z

S/Z
2020.07
Gallery Take Two (2020), Creative Commons DWCLA (2021)

S/Z

 昨年逝去した友人の鎮魂を目的とした作品。 どのような音であれ音が存在することは、生の領域に関わることである。無響室の中ですら身体内の音が存在する(ジョン・ケージ)ように、私たちは生きている限り完全な無音を体験することはできない。その意味で、音が存在することは生の領域に関わることであり、反対に音が存在しないことは死の領域に関わることだと言える。 本作品では、鑑賞者が発する音(囁き、叫び、拍手など)によって、二つの文字(二人の名のイニシャル)が生成される。一方、鑑賞者が音を止めると二つの文字は粒子状に崩れ、泡沫のごとく昇天し始める。音の存在の有無を媒介としながら、命と命が対峙し関係し合う生者の世界と、あらゆる関係性から解き放たれた死者の世界、二つの世界の往還を暗示した。こうした生と死の超越を示すこと、それこそが祈りであり、死者への弔いとなるのではないか。 作品タイトルの「S/Z」は、亡き友人と結成したメディアアート・ユニットの名である。SとZは、どちらも一筆によるミニマルな文字であり、向かい合う鏡像的関係にある。またSの柔らかい曲線に対してZの鋭角的な直線との差異が際立っており、人と人の関係性を彷彿とさせる。実のところ「S/Z」は、フランスの哲学者ロラン・バルトの著書『S/Z』に由来している。『S/Z』においてバルトは、バルザックの中編小説『サラジーヌ』のテキストについて、言語記号論を用いて科学的で精緻な構造分析を行っているのだが、分析の対象であるバルザックの『サラジーヌ』自体は、極めて人間臭い愛憎が描かれている小説である。主人公の若き天才彫刻家サラジーヌ(S)は、美しいオペラ歌手ザンビネッラ(Z)に恋をし、並々ならぬ情熱を注ぐ。だが後にザンビネッラが去勢されたカストラートであることを知ると、サラジーヌの愛は嫌悪や憎しみへと転じ、ザンビネッラの殺害を決意するに至る。最後はサラジーヌの方が殺され、ザンビネッラが生き残るという結末となる。 友人の死を契機としてSとZの関係に想いを馳せ、芸術と科学と哲学が多層的に織りなす祈りの場の実現を試みた。魂の安らかなることを祈ります。

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