atmosphere

2023.02.26-2023.03.05
Horikawa-Oike Gallery, Kyoto, Japan
sphere
地球は人にとって外部なのか?
人は地球にとって異物なのか?
アポロ11号の乗組員であったマイケル・コリンズ司令船操縦士は、大気圏外から地球を眺めたとき「本当に驚いたのは、それが儚げな雰囲気を醸し出していたことだ」「その理由は、わからない。今日に至るまでわからない。ちっぽけで、輝いていて、美しい、ホームであり、壊れやすい感じがしたんだ」(nytimes.com/2019/07/16) と語っている。自分の住処は家や町や国である以前に、それらを支える地球である。マイケル・コリンズはなによりもまず、地球の外から概観することによって、この地球こそが私たちのホームであることを実感したのである。故郷を離れた時にこそ故郷を想うことができるように、地球の外からホームとしての地球を想うことができる。人新世の危機的な時代にあって私たちができることの一つは、地球を外から想像する能力を育むことではないか。そこで本展覧会では、こうしたイマジネーションを促す練習課題として《atmosphere》を提案することにした。
《atmosphere》コンセプト
呼吸と地球の関係性をテーマとする体験型のアートワーク。呼吸を光と音に変換することで、吐く息と吸う息を美的に再発見すると同時に、大気=極薄の空気の層に覆われた地球を想う。これが本作における練習課題である。
1日24時間、1年365日、この世に生を受けてから死の瞬間まで、私たちは呼吸し続ける。生きていることとは呼吸することであり、呼吸することは生きている証である。だが、かつて地球に酸素はなく、呼吸する生物は存在しなかった。今からおよそ25~23億万年前、光合成を行う生物(シアノバクテリア)が大繁殖したことで、酸素が大量に吐き出され(大酸化イベント)、現在へと繋がる大気組成が作られたのだ。呼吸をはじめとする生命維持システムは、こうした数十億年におよぶ地球史の痕跡である。呼吸について考えることは、重力によって宇宙に拡散することのない地球の大気を前提としながら、自らの身体に刻まれた生命の奇跡に思いを馳せることなのだ。
壁面スリットについて
《atmosphere》のスリットは、地球の大気圏を示している。
地球の円周はおよそ40,000km、大気圏は地表から高度およそ100kmとされており、その比率は400:1である。壁面のスリットは、この比率に基づいて空けたものである。
大気圏には窒素や酸素などを含む空気が存在しており、重力の作用によって地表のどの場所においてもほぼ同じ量が積もっている。その重さは地表では1気圧であり、高度が上がるにつれて低くなる。高度100km付近が大気圏の限界であり、気圧は地表の百万分の一まで下がると言われている。
人間が定住できる最も高い標高は約5,000mであり、8,000mを超えると生命維持のための酸素が不足する通称デス・ゾーンとなる。高度5,000mは、作品《atmosphere》のスリットにおいてはわずか1mmである。ただし人類のほとんどは標高1,000mよりも低い土地に存在しており、本作品では0.2mmという極薄の膜である。私たち人類は、この膜の内部にへばりつくように暮らしているのだ。こうして地球を概観してみれば、呼吸する生命が極薄の膜のような空間にのみ存在しうること、その奇跡を感じ取ることができるはずだ。
呼吸体験について
《atmosphere》壁面奥の空間には、呼吸を光と音に変換するシステムを設置している。鑑賞者が息を吸い始めると光と音が徐々に溢れ、吐くとともに徐々に消える。普段あたりまえの無意識の呼吸が、光と音の変化として現前する。それにより鑑賞者は、生命を支えるリズムとしての呼吸を、美的な次元において感受することができる。加えて二人が同時に呼吸することによって、それぞれの光と音が重なり合い交錯する即興演奏のセッションとなり、あたかも「大気の音楽」とでもいうべき場が成立する。
セッションの時間はおよそ10分。イントロダクション(大気を感じさせる音)から始まり、第一楽章(弦楽器の合奏)、第二楽章(コーラスと弦楽器の合奏)、エンディング(再び大気を感じさせる音)で終わる。





制作 森公一、真下武久
協力 NPO法人てんびん、ぬん、STUDIO AQA
助成 同志社女子大学 共同研究 ‖ 個人研究助成金